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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

玉川屋 目黒駅前店【目黒@山手線 東急目黒線 都営地下鉄三田線 東京メトロ南北線】

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豆大福(つぶ):120円


「玉川屋 目黒駅前店」の「豆大福」もまた変わっている。

約46㎜程の少々小振りな姿で形成された「豆大福」は、
表面を惑星に覆う雲の様な感じで片栗粉の嵐が吹き荒れている。
その小さな天体を覆う大気の下に黒いシルエットを浮かび上がらせて、
数粒の赤エンドウ豆が大陸を形成する様に埋もれ隠れている。
それは当に何時かテレビで見た地球の全球凍結を連想させる外見で、
となると巨大隕石は平たくなった南極部分に衝突したのだなと想像してみる。
そんな冷たそうな「豆大福」を持ち上げてみると、
ズシリ重たい感触とその自重に屈しないハリを保っていて、
容易く己の容貌を変えてしまう事を許さない身持ちの良さもある。

そんなハリを信用してヒョイと摘まんだ白の球体に早速齧り付く。
第一に歯に伝わる餅の感触は控えめで噛み応えに強靭さは感じないが、
噛み続けて行くと本来備え持つコシの部分が能力を如何無く発揮して来る。
その餅のクニッとした感触と呼応して内部から大量の粒餡が押し寄せ、
口内をその量にしては抑え目の甘さをジワジワと広げる。
するとやがてその中で別の食感と一風変わった甘味がホワッと膨らみ、
全ての食感や風味が過ぎ去った後も仄かに口内を漂う。
そして舌先には覚えのある懐かしい風味が残る。
この懐かしさは何なのだろう。

そもそも然程厚いとは言えないがコシがあって少し硬めの餅からも、
僅かにほんのりとした米の味わいの他に、
その存在を行き着く先を思わせる芳醇な香りを感じる気がする。
ハリが強く引き伸ばしても途端にブチリと千切れる瑞々しい断面から、
芳醇というと大仰だが様は麹に似た香りというか風味というか、
それに準ずる米由来の風味が薫った様な印象がある。
もしかしたらソレは気のせいかも知れないが、
米が原料の餅ならそこに風味の変容が起きても不思議はない。
コレなら“酒まんじゅう”の様に強烈な日本酒系の香りが漂う、
“酒豆大福”というのも出来そうだなと思い至る。
つまりは仮に何かの偶然だとしてもコレはコレでアリ。

一方ソチラがたとえそれが気のせいだとしても、
コチラのこの柔らかく仕上がった赤エンドウ豆に付いては、
流石に勘違いでは済まない位の差異が存在している。
何せ今食べているのは純然たる「豆大福」であり、
その姿や形から発する存在感はそれ以外に無い。
そんなノンキに高を括ってゾンザイに齧り付き餅に包まれた豆を噛み砕くと、
最初に訪れる穏やかな豆の風味の後に突然虚を突いてくる独特の風味は、
ほんのりとした甘さを携えて口内をゆっくりと伝わって行く。
当然赤エンドウ豆から発っせられるモノは塩気であろうと、
準備していた味覚とそれに直結した脳が混乱をきたす。

そもそもその塩気というモノ自体が見当たらないのである。

更に風味と甘味に加えてもう一押し加わっている様な気がするのは、
この赤エンドウ豆から手繰り寄せる記憶のせいなのかも知れない。
柔らかさも断面の色も甘さも風味もソレはさながら“煮豆”を連想させ、
それ故に最終的にこの豆には旨味まで在るのではないかと思わせるのだと、
今だ混乱する舌と脳で整合性を付ける事に必至になる。

そんな混乱を一気に沈静してくれたのが優しい色味の粒餡である。
ベト付きの少ないホッコリした餡がミッシリと包まれていて、
尖った所が無い分その甘味自体の持続性は静かでゆっくりしていて更に長い。
口内の隅にながらくアズキのコクを伴って漂っている。
前の2者が故意か偶然か余りにも破天荒な存在な所に来て、
ようやく落ち着ける場所を提供してくれた様な安堵感がある。
やはり「豆大福」はこの食感とこの風味に加えてこの甘味だよなぁと、
安心して全て飲み込んだその残り香の奥にボンヤリとかつ薄らぼんやりと、
ベールの様に覆う赤エンドウ豆が残していった謎の風味が現れる。

もしやたまたまこの一つだけがと思い続けて食べてみる2個も、
やはり塩気が微塵も感じられない終始甘味で纏められた「豆大福」だった。
こうなったら年明けにでも再訪して確認する必要が出て来たなと、
気が付けば終始「玉川屋 目黒駅前店」の「豆大福」に翻弄され続けていた訳です。




玉川屋 目黒駅前店
東京都品川区上大崎2-16-5
10:00~18:00
無休
駅東口のロータリーを左へ進んで信号に至る道沿い徒歩約1分。路上に溢れている和菓子が目印。