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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

六本木狸だんご本舗 榮むら【六本木@東京メトロ日比谷線 都営地下鉄大江戸線】

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豆大福(こし餡):190円


言わずもがな「六本木狸だんご本舗 榮むら」は、
その名の通り看板商品は“だんご”なので当然の事ながらキモは餅になる。
そんな店の「豆大福」にともなれば掛かる期待の大きさは茶席系菓子店の比ではない。

そんな客の期待が詰まって大きく膨らんだ「豆大福」は、
直径60㎜超のやや大振りで麓にはビッシリと天井部分にはうっすらと、
白のグラデーションを形成して片栗粉を纏い、
リザードを耐え抜いたイヌイットの氷イグルーを思わせる姿で形成されている。

ズシリと重たい「豆大福」をひとつ手に取って、
購入時に包まれた柔らかなビニールを丁寧に開け放つ。
ひっくり返った状態を戻すべく指で横っ腹を摘まんでみると、
柔らかな餅の感触が指に伝わると直ぐにスーッと沈下を始める。
表面と指の腹はしっくりと馴染んで豊かなハリは重力を優しく緩和して、
やがて吸着する様に流動を止め加減の良い場所で収まる。
ふんだんに散らされた赤エンドウ豆が石庭の様な意匠を施し、
片栗粉を被った雪景色を演出しつつ餅の中にトップリと埋没している。
意外に少ない埋没からこの餅の分厚さとコシの強さを想像するのだが、
後にその想像を超えた餅のポテンシャルに圧倒される事を知る由もないまま、
餅が落ち着いたのを見計らって早速一口喰らい付く。

ムニュっとした感触が唇を優しく包んだと思った矢先に、
ソコから一気に口内へ雪崩れ込んで瞬く間に始まる柔らかい物体の狂乱の円舞。
当然反射的に咀嚼を始めるとブニャブニャとした食感で、
口内のありとあらゆる隙間へ各々流れ移動を繰り返す。
フニフニとした舌触りと噛み応えを兼ね備えた餅は、
幾度も噛み締めようと何時までもフワフワとしていて、
その度にほんのりと塩気が舌に乗りフワッとした米の風味が漂う。
ソコに追随する様に同じく柔らかな食感を湛えたこし餡が、
甘味と塩気の攻防を内で繰り返しながらその勢いのまま餅と一体化して、
その後に追い討ちを掛ける様に優しいアズキの風味が口内に充満する。
やがてその滑らかさは舌へと届き表面を覆い包み、
細胞の一つ一つに甘味と塩気を次々に刷り込んでいく。
そんな事がしばらく続いて口内のモノが「豆大福」だったと思い出す頃には、
最早餅と餡の違いを口内で判別する事は困難となる程に、
この両者の柔らかさは近似していて高い融和性を持っている。

そんな結託した二者が創り出す一面柔らかさに包まれた世界に於いて、
この世界に反旗をひるがえす様な赤エンドウ豆の硬さはソレこそ石の様で、
始めは柔らかの渦の中で翻弄されコロコロと転がるばかりの存在であった。
しかしその流れに乗って奥歯に到達して、
エナメル質のハンマーで打ち砕かれ硬めの皮がゴリッと砕けた瞬間、
薄い塩気のプレリュードを経て濃密な赤エンドウ豆の風味が一気に解放される。
砕け散った豆はその後も口内の柔らかい渦の中に何時までも留まり、
絶える事無く赤エンドウ豆の風味を如何無く発揮し続ける。
この食後感はアーモンドチョコレートを食べた時に似ていて、
古今東西において豆という食物の万能ぶりを改めて痛感する。

とにもかくにもこの餅の食感に感じる圧倒的存在感は、
噛み口からくキラキラとほとばしる様に輝く瑞々しい断面の潤いからも推し量れ、
そして手に取った時以上に口の中で弾み出すコシを見せ付け挙句ハリもある。
そしてソコに並走する様に存在するこし餡の滑らかさも、
サラサラと餅の隙間を流れ零れて血流の様に末端まで行き渡り、
「六本木狸だんご本舗 榮むら」の「豆大福」に“活き”をもたらしている。

そんな中にハッキリとした“異物感”を発揮する赤エンドウ豆が、
この柔らかな“活きモノ”にアイデンティティーを確立させている。
ハッキリ明確なアクセントとしての豆の役割を全うして、
最終的に舌の記憶にシッカリとした爪痕を残して去っていく孤高の存在。
コレこそが「豆大福」の真骨頂といえるモノであり、
逆に「豆大福」だからこそこの餅と餡はココまで柔らかく融合した事になる。

豆あっての「豆大福」。
言わずもがな当たり前の事である。



六本木狸だんご本舗 榮むら
東京都港区六本木4-10-12
10:00~19:30
日曜 定休
7番出口から六本木通り方向へ進んだ3本目の左折路に入った所。文字通り狸が目印。