首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

高嶺の団子【中神@青梅線】

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豆大福(つぶあん):75円


寺町谷中の老舗和菓子店「荻野」の「豆大福」は、
約50㎜といささか小ぶりなその外形を透明のラップで包まれて店頭に並んでいる。
ソレは圧着も熱着も粘着も癒着もされずただ優しく丁寧に包まれ、
ソコから醸しだされる雰囲気は母性にも似た慈しみの心である。
と、そんな事が思い浮かぶのは寺町故かもしれないが、
そうは云ってもそのラップの中にある灰青が色濃く出た餅が表面を覆う「豆大福」は、
表面に高密度で濃い赤茶色の赤エンドウ豆を潜ませ、
さらにデコボコと隆起を見せソコに一面を覆い隠すように薄っすらと片栗粉が覆う。
方や「豆大福」の下部では北氷洋に浮かぶ棚氷を彷彿させる片栗粉の塊が、
城壁の石垣模様の如く貼り付いて裾野の周りを囲んでいる。
その灰色の地に黒と白の斑模様というモノトーンの小さな塊を手に取るが、
まずラップを取り去る時点で触れた「豆大福」はアッサリと変容して、
いとも簡単に指の沈降を許す程の柔らかさ持つ事を購入者に伝えて来る。
故にココはより慎重を期して手の平で転がしてラップを除去の後、
表層の片栗粉が剥離しない様に慎重に指先でツイッと摘み上げれば、
餅自体は柔らかさの中にもハリがあり表層を覆う片栗粉の好プレーも相まって、
サラサラとなめらかに滑るような触感を発揮している。
そして表層のアチコチでその存在感を示す赤エンドウ豆の突起に指を掛けて、
十分な姿勢安定を図った後にその小ぶりな横っ面に齧り付く。

最初に伝わってくる餅のハリは薄い層を形成して果物の皮的な質感を醸し出す。
そんな感触をシッカリと捉えた前歯がさらに深層へ進んでいくと、
プリっとした歯応えの後に伝わる柔らかな餅本来の食感が内包されていた。
餅自体もほんのりと塩気を放ち噛み応えも良くクニクニと弾む様であり、
ソレを繰り返していると徐々に薄い膜状になって最後は溶けて消えて果てる。
水気を保った内部は潤いの輝きを放ち引けばツーっと伸びゆくコシも上々で、
その柔らかさを掻き分けていよいよ分断をしようとするその時、
大量に居た赤エンドウ豆達が次々に噛み千切ろうとする両顎の間に割って入り、
その硬い種皮を盾にして行く手を阻むように立ち塞がる。

その硬く仕上げられた赤エンドウ豆は種皮から既に塩気をじんわりと漂わせ、
当然噛み砕けばその塩気は濃厚になり舌を駆け抜け口内を覆い尽くし、
その後に赤エンドウ豆の持つ甘さがフワッと濃縮したコクとともに漂う。
しかしいくら硬いとはいえ所詮は炭水化物や食物繊維の成れの果てであり、
脊椎動物が誇るエナメル質の前では余りにも無力である。
次々に噛み砕かれて行く赤エンドウ豆をその場に捨て置きさらに進み、
対には内部に固まる粒餡もろとも「豆大福」を両断せしめる。
その途端に口内を漂うのは砕け散った赤エンドウ豆の放つ塩気と、
ネットリとした感触を発揮した粒餡から漂うほんのりとした甘さと濃厚なアズキの香り。
シットリとした舌触りでアズキの皮のシャキシャキとした歯応えと、
主成分たる子葉部分の醸し出すツブツブとした舌触りが王道の粒餡を作り上げている。
ソコに纏うように取り巻く僅かに残されたアズキ独特の芳香がアクセントとなり、
さらに抑え気味の甘さを強調してシツコサのない甘さを形成している。

ソレら口内で渦巻き絡まり合う両者をまとめてモグモグ咀嚼し始めると、
ソコにはほのかに甘じょっぱい絶妙のバランスを保ったカタマリが出来上がる。
加えてココまで来ても衰え知らずのモチモチ感と、
まだまだ軍勢が大量に控えた赤エンドウ豆のゴロゴロ感が合流。
やがてソレら全てが融合して食感が統一させる頃、
十分に咀嚼を繰り返した口内からツルリと喉を通り抜けてスーッと胃に収まる。
後には柔らかな“餅”の感触と硬い“豆”の余韻と“餡”の風味が、
口内からオボロに消えて行くのを感じるに至り、
ナルホドこれが諸行無常と云うヤツかと実感するのであった。




高嶺の団子
東京都昭島市神町1295
日~木曜 定休
北口に出てロータリーを越え直進。突き当たったら右折の後、都道59号線に出て左折後に進んだ先の、むさしの保育園の交差点そば。