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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

ありん堂【阿佐ヶ谷@中央本線】

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豆大福(つぶあん):90円


阿佐ヶ谷『ありん堂』で売られている「豆大福」は、
大きさが約48㎜と小ぢんまりした姿をしている。
とはいえ小さいながらも姿形は立派なもので、
その佇まいは綺麗な“かまくら”型の美人さんである。

当然小ぶりな「豆大福」の表面にはシッカリ片栗粉が塗されている。
白い小さな斑点が程よく模様になる一歩手前位の風合で散らばり、
氷餅を彷彿とさせる光沢をキラキラ反射させている。
その下に潜む餅は乳白色の肌で覆いながらも所々で、
「豆大福」の中心部に納まった餡子がボンヤリ透けて見える。
そしてその餡子の陰より遥かに濃くて丸い黒を湛えた赤エンドウ豆が、
餅の其処彼処から顔を覗かせ潤いに満ち溢れた種皮を誇っている。
改めて見ると「豆大福」の大きさに対して、
赤エンドウ豆の大きさに少しも違和感が無い。
比較的小さな赤エンドウ豆を使われているのだろうか、
「豆大福」と赤エンドウ豆のバランスが至って自然である。
まるで平均的な「豆大福」を縮小したかの様である。
もし子供がオママゴトで「豆大福」が必要になった時には、
阿佐ヶ谷まで来て買い求めると良いだろう。

指で摘まんでみると表面がユルッと動く「豆大福」の中に、
密度の高い感触を発揮する餡子の存在が確認できる。
餅自体の指触りは柔らかくハリよりは粘りを強調した感触があり、
外から加わる力と対抗するのは中の餡子に任せて、
自身は持ち前の粘りで極限まで薄くなりその影響から逃れる。
なのでその脅威が去れば直ぐに元の位置へ戻り、
元の綺麗な“かまくら”型に立て直す復元能力も高い。

サイズ的に一口サイズと言える「豆大福」に齧り付き両断を試みると、
ソレを受け止める餅からは十分な弾力が前歯に伝わる。
とはいえそのまま顎を閉じて「豆大福」を締め上げれば、
元来小振りな本体はアッサリ両断される。
餅自体は薄いが水気もあってコシも強い。
加えてコチラの引っ張ろうとする力にもシッカリ反発する、
十分なハリも備えていて噛み応えも薄いなりに持ち合せている。
さっぱりとした風味はまさに“ごはん”を食べている感じで、
日本人の日常に則した安心感に満ちている。
当初感じた餅の柔らかさはそのまま餡子の柔らかさに合流し、
やがて口に入った直後からは餡子の独壇場になり、
口の中に広がる柔らかいという食感は全て餡子に取って代わる。
今まで餡子を保護してきた餅はこの餡子の個性を脅かす事は無く、
ネットリとした口当たりの餡子へモッチリという食感を加えてくれる。
水気が少なく塩気が効いたドッシリ重たい口当たりの粒餡は、
圧倒的な存在感に濃厚なアズキの風味を込めて口の中を充満してゆく。
細かいアズキの皮がサリサリと舌の上を走り抜け、
口の中に存在する隙間という隙間へ甘さが染み渡る。

今や口の中の主役は餡子であり、
餡子を堪能する為に「豆大福」と云う姿を借りたと言っても過言では無い。
そこに唯一果敢にも赤エンドウ豆が抵抗を示してみせるが、
強大な粒餡の前にはもはや蟷螂の斧である。
ほんのり漂う塩気と赤エンドウ豆のコクが、
サキサキと軽快な歯応えの中から放出される。
全体的に柔らかい仕上がりでクセが無く上品な味わいが広がる。
逆に一瞬漂わせる赤エンドウ豆の素朴な風味が、
餡子の風味を更に引き立てる効果を生む。
何せ噛み千切った直後から直ぐに、
口の中を残らず餡子で染め上げられるのである。

つまりこれは“あんこ玉”の食べ心地である。
そう考えればこの約48㎜という大きさが生きて来る。
古今東西に於いて“あんこ玉”とは小さいモノであり、
大概は一口で食べられる程度の大きさが普通である。
そう考えるとこの『ありん堂』の「豆大福」は、
餡子を薄い豆餅で包んだ“あんこ玉”の化身である。
とはいえこの大きさをひとつ摘まんで、
丸ごと口へ放り込む事が万人に出来るかは不明である。
とはいえ口の中にゲンコツが入る人は問題なく可能だろうから、
買い求めた際には是非ともその場で開けて、
阿佐ヶ谷散策のお供にブラブラ食べ持って欲しい。
そんな事を考えながら自身も丸のままの2個目を放り込む。



ありん堂
東京都杉並区阿佐谷北2-5-6
9:00~21:30頃 
木曜 定休
北口を左へ進み突き当たったら右へ曲り次の十字路を左。道なりに進んだ先のT字路を左に進んだ先。