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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

吉田屋製菓店【大森町@京急本線】

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豆大福(つぶあん・こしあん):135円


「吉田屋製菓店」の「豆大福」には“つぶあん”と“こしあん”があり、
どちらも凡そ60㎜程度の大きさで形成されている。
その「豆大福」の表面に点々と存在する赤エンドウ豆の様子も色や形や大きさ、
そして餅に対しての含有量も然程大差は無く、
うっすら表面に塗された片栗粉のキラキラ眩く輝く様子も、
それらが所々で筋を形成して白色大理石を髣髴とさせる模様を描き出している所も含め、
恐らく元となった餅自体が同じで作業工程にも違いは無かろう。
そうなると当然手に取った時の感触もシックリと指を覆う様な柔らかさも、
その上でピンと張り詰めた様な抵抗力を秘め程よい硬さを維持しているハリも、
“つぶあん”と“こしあん”の双方で持ち合わせていて、
明確な違いとなると「豆大福」の天辺に頂いた桜の焼印が、
“こしあん”には付いている位の筈なのだが、
何故かこの「吉田屋製菓店」の「豆大福」、
所見から幾度と見直してもその度に“こしあん”の方が若干小さく見えるというのは、
果たして自分だけの錯覚なのだろうか。

幾度となく首をかしげながらも先ずは食してみなければ始まらないので、
早速一口“つぶあん”の方から齧り付いてみる。

今更ながら「吉田屋製菓店」は“もち菓子の店”であるので、
先ずは何と言っても餅の存在である。
安易な考えで一口パクリと齧り付いてみたら、
ソコには真綿を噛み締めた様な柔らかで濃密な抵抗力があった。
すかさずに歯を立てて食い千切るとソコでも見せる僅かな抵抗を振り切り、
引き千切る様にブチリと「豆大福」を二つに別ける。
食い千切った断面にはキラキラと光りを放つ潤いの痕跡が、
連なりながら層を描き餅の中を走っている。

米の風味とほんのり効かせた塩気もあって大層に“餅”なのだが、
指に貼り付くような粘り気は消えている様は、
コレが既に“餅”ではなく“餅菓子”である事を表している。

その餅に覆い隠れている赤エンドウ豆は硬め。
グシグシと潰れる食感とピンッと伝わる塩気の後から、
赤エンドウ豆自体の持つ甘味とコクがじわっと舌へ浸み込んで来る、
そんな全身全霊赤エンドウ豆なヤツ共々餅を噛み千切ったら、
次に待ち受けるのは咀嚼である。

表面を覆う餅は厚みが疎らである上に特に底面には分厚い箇所が集中していて、
その分厚い餅が持つハリは多少歯で切り刻まれたところで、
弾力自体には衰えは見せないモノであり、
細かくなったらなったでいつの間にかまた寄り集まって群れを成す。
そんな事の繰り返しがこの後しばらく続きやがて顎が段々と熱を帯びるのを感じながら、
今の若者は噛む力が衰えているというニュースを思い出す。
そんな危惧はこの「吉田屋製菓店」の「豆大福」に喰らい付けば、
あっと言う間に払拭されるであろう。

一方、振り下ろされる歯の猛攻を受け止め弾き返す餅の裏では、
内包されていた餡が図らずも餅の弾力に押し出される形で口内へと飛び出してくる。
躍り出た先は舌の上。
ポトリと落ちて来る様な舌触りの“つぶあん”は「豆大福」の断面から艶消しの鈍い光沢を放ち、
シャキシャキとアズキの皮の歯応えは絶え間なくシッカリとした甘さと共に口内を駆ける。
一方の“こしあん”はソレとは真逆の滲み出て来そうな位に瑞々しい光沢を見せ、
ネットリとして絡まるような粘りと共に口内へジンワリと甘さを伝播していく。
そしてその両者共にモッタリと重い口当たりで舌の上に佇み、
たちまち周囲の水分と融合し始め緩やかな波を起こし口の中を甘さとアズキの風味で覆い始める。
その頃には餅達もかつてあった結束力を失い、
餅の中でまとめて噛み砕かれた赤エンドウ豆もろとも散り散り細切れにされる。
そしてかつての米粒の姿に戻された様な餅はトップリと餡の海に沈み、
奈落の底へ落ちて行く様に胃袋へと収まって行くのであった。



吉田屋製菓店
東京都大田区大森西5-1-5
9:00~21:00
日曜 定休
西口から出て右折した先の大森町共栄会を進んだ徒歩約10分。