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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

藤屋【仙川@京王線】

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豆大福(つぶ):120円


調布市仙川町にある和菓子屋「藤屋」の店内は南瓜であふれている。
先代店主が仙川に居を構えていた武者小路実篤と友人で、
その縁から店の看板やらかぼちゃの絵やら書いてもらって以来、
ココ「藤屋」は南瓜で埋め尽くされる程の南瓜菓子が置かれ、
テレビや雑誌等でも頻繁に取り上げられている。
まさに「仲良きことは美しき哉」であり「君は君 我は我なり されど仲良き」である。
そんな南瓜の群集に取り囲まれ身を寄せ合う様に「豆大福」が並んでいる。

とはいえ南瓜だからといって『灰かぶり姫』の様に、
意地悪な義家族から虐げられている事も無くしっかりとしたビニールに包まれ、
その上しっかり密封までされたたその若干過保護気味に思える位の丁寧さは、
いざ取り出す段になってこの頑丈なビニールが以外に手間取らせ、
難関となって「豆大福」の前に立ちはだかるという深い愛情が仇となる事態が発生する。

やがて型崩れもせず万全の状態でやっと取り出した「豆大福」には、
下から上へとグラデーションを構成する様に片栗粉がまぶされ、
その濃い下部から振動を与える度にハラハラと片栗粉が粉雪の様に舞い落ちてくる。
その冬色の餅に仕込まれた赤エンドウ豆は疎らに散らばっているのだが、
いくつかの赤エンドウ豆が餅の中で割れて潰れていたりするという、
これまた他所では中々見掛けない外見を持つ「豆大福」であり、
さながらそれはアイスクリームの“クッキー&バニラ”を連想させる。

そんな大きさ約55㎜の手にすっぽり収まるほどの大きさで、
冷気の化身の様な「豆大福」を早速一口頬張ると、
確かな弾力と歯応えを兼ね備えた厚めの餅が真っ先に出迎えてくれる。
噛み口を見れば思ったよりも厚く舌触りも滑らかで、
キメ細かに作られている上に薄ら纏った片栗粉の相乗効果もあり、
非常に当たりが優しくそして抑えた風味が必要以上の過分な主張をせず、
ただ奥歯でクニクニと反発しながらうねっている。

その中立的な餅に隠れていた赤エンドウ豆も実にシンプルで、
噛めば簡単に潰れていくが皮だけはシッカリと主張するが、
ソコから漂う風味は豆本来持ち合わせたモノだけでそれ以上に過分な塩味等は一切無い。
この柔らかさが「豆大福」表面で豆の潰れが起きた一因なのだろうと納得する一方、
結構な主張をするこの皮の剛性とのバランスに戸惑う。

そんな豆餅建ちを越えて到達する餡にはシッカリとした甘さがあり、
構成するアズキ一粒一粒の存在感が舌にビシビシ伝わってくる。
この粒餡が結構荒めにアズキを潰した感じで、
噛み口の中にキラキラ輝く皮がタップリ入っているのが見える。
このツブツブ粒餡が餅と赤エンドウ豆が扇動していた咀嚼行動を、
一気に根こそぎさらって行ってしまうのである。
そういう意味でココ「藤屋」の「豆大福」は餡を堪能する「豆大福」といえる。

餅は粒餡を華麗にエスコートして歯応えを以てのみ存在感を発揮し、
赤エンドウ豆は自身の食感で粒餡の皮が発する自己主張にアクセントをもたらす。
この両者の絶妙なアシストを得てこのツブツブ粒餡は自身の潜在能力を如何無く発揮して、
シンガリを務める看板役者の様なポジションを得て輝いている。
最初に感じた餅の中立的な立ち位置も赤エンドウ豆の出来上がり具合も、
全てはこの荒々しい粒と確かな甘さの割に引きが良い餡あっての事なのだろう。

「豆大福」をソレと解った上で最初の一口で拒絶をする事は無いだろうが、
ココ「藤屋」の「豆大福」は3口目から真価を発揮するが、
更に言うならば「藤屋」の「豆大福」は最低2個は食べておきたい。
1個目を食べて全ての事情を悟った上で2個目を食べてみると、
自ずと「藤屋」の「豆大福」が秘めたポテンシャルをきっと感じ取れるはずである。




藤屋
東京都調布市仙川1-12-15
10:00~19:00
日曜 定休
仙川駅から180m。改札を出て右手に進み十字路を左折。後は仙川商店街を直進するだけ。