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首都大福東京

TOKYO METROPOLITAN DAIFUKU

首都大福東京

いせ桜【吉祥寺@京王井の頭線 中央本線】

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豆大福(つぶ):90円


そういえば昔から安かったなと、
吉祥寺「いせ桜」の店頭に並ぶ「豆大福」を見て思う。

吉祥寺駅北口にある通称ハモニカ横丁には当時、
ペットショップや模型店等があり休日には友人等と足しげく通い詰め、
そして当然そこには「いせ桜」も営業していた。

鮮魚店の水溜りや糠漬けのニオイが立ち込める路地を行き、
淡い色調の少々ジジむさい色味で並ぶ和菓子が売らている「いせ桜」は、
その頃からガキんちょの少ない小遣いでも気兼ねなく買える値段だった。
今思えばハモニカ横丁で駄菓子や大手スナック菓子では無く、
静かに営業する餅屋の生餅菓子に親しみ興味を持った事が、
今の自分を構成している事は明確である。

そんな自己の原点たる「いせ桜」の「豆大福」はといえば、
全体を片栗粉で覆った約50㎜程の小振りな姿をしたドーム型の佇まいで、
周囲のほぼ全体にくまなく赤エンドウ豆を点々と散りばめていて、
ノッペリし過ぎずゴツゴツし過ぎずと「豆大福」的バランスは良い。

その小振りな「豆大福」を手に取ろうと指でつまむと、
たちまちに指先は餅の内側へとズブズブ沈んでゆき、
あわてて指を離せはその箇所にペコッと窪地を形成する。
そして引いた指先に残り香の様に細い餅の線がツーっと伸びる。

想定外の柔らかさに急いで記憶を巻き戻す。
あれ?ココまで柔らかかったっけ?午前中の餅はココまで柔らかいのか?
購入時に店頭に並ぶ数々の餅菓子や赤飯を目の当たりにしていたが、
外見からでは推し量れない餅の柔らかさという神秘を再確認する。
この柔らかさに直面して心の内は徐々にテンションが上がっていき、
まさにあの頃に立ち返ったの様に我武者羅に一口齧り付く。

フカッとした食感でたちまちに食い千切れる極上の柔らかさが、
口内でフワフワと楽しげに弾んでいる。
驚いて噛み口を見てみると結構餅が厚くて驚くとともに、
その噛み口が輝く程に水分を湛えている事に更に驚く。
なんか水が染み出で来そうな位にウルウルしている餅なのだが、
これが過分に水っぽいという事では無いし、
餡にまで水が出てきてしまった挙句に、
ベシャベシャしたイヤな粘り気の発生や染み出しといった事でも無い。
何処までも光を湛えたウルウルの保水餅なのである。

そんな超潤餅に込められた赤エンドウ豆は至ってシンプル。
うっすらの塩気とコリコリとした噛み応えに加え、
豆の風味もほんのりと口内を漂って、
それがこの特殊な餅の特殊性を更に引き立てる。
それに結構一つ一つが意外に大きいのではないかと、
頬張った時にやたら発揮するその際立った存在感に触れる度に思う。

その2極が絡み合う餅の中にある餡は、
甘くねっとりとした食べ口のいわゆる古風な作りの餡で、
アズキの皮の食感が結構強くて食べ進める口内の繰り返しの最中も、
最後の最後までその爪痕を口内に残していく。
とはいえ全体はドッシリした作りで舌触りも滑らでスルリと伸びて行く。

たちまちの内に購入した分全てを食べ尽くして思い至る。
ココ「いせ桜」の「豆大福」はこの値段と大きさの兼ね合いがまた絶妙なのであると。
一個だと食べ過ぎないが物足りないボリュームと、
満足感の空きの部分を確実に突いて来て、
当然の様に複数個を買っていく事になるという値頃感の組合わせ。
現に店頭には複数パックが置かれ販売されているので、
同様の腹持ちの人間が多数存在する事は確実である。

複数買っても有名店の一個分と変わらない値段という、
その商いとしてのバランスと立ち位置は、
新宿・吉祥寺と120余年続く地元民に愛され続ける老舗が提供する、
地元民の為の汎用生餅菓子として絶好のポジションを維持している。

それは図らずも時代を先取りした“ちょい食べ菓子”であり、
じわじわと空腹の生殺しを図る元祖“プチシリーズ”な菓子と言える、
昔ながらの餅屋の英知が集結した「豆大福」なのである。




いせ桜
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-4
10:00~19:00位
火曜 定休 (祝日を除く)
A駅北口、ハモニカ横丁内祥和会通り。小龍包屋と宝飾店の間を通る道の中程。